もともともと

来月にある第18回銅夢版画展という銅夢版画工房のグループ展にエッチング作品2点を出品する。

なので最近はそれを中心に制作を進めている。

銅版画のグループ展は初めてだし、会場は版画で有名なシロタ画廊ということなので結構ドキドキしている。

おまけに2点のうちの1点を先々週失敗した(調子に乗って腐蝕しまくっていたら画面が真っ黒くなり過ぎてしまったのだ。そこからでも立て直すことは出来るかも知れないが今の自分には技術的にも時間的にも難しいと判断し、そして先生にも判断された。)ので初めからやり直すことにした。


最初は同じ絵で再びと思ったが、仕上がりのイメージをより強く持ってみるとそもそも構図に無理があるような気がしてきたので結局ゼロから始めることにした。

デューラーの画集と北斎漫画を見ながら手を動かし、良いアイデアが出るのを待っていた。

出来れば先週中に出て欲しかったが、今日になってようやく良いアイデアが浮かんだ。

見せたいものをしっかり見せた上で、残された時間内にギリギリ間に合うぐらいの描き込み量のもので、自分が納得出来るもの。に何とかなりそうだ。

桜満開の中ジメジメと暗い作業部屋にこもっていた甲斐があったというものだ。

テンションが上がる。

上手くできるか楽しみだ。


「失敗は成功のもと」

誰が言った言葉かは知らないがとても素敵な言葉だ。

0 コメント

参加する面白さ

昨日は仕事終わりに銀座と六本木の画廊を数軒回ってから横浜のBankART Studio NYKで開催されたNeo Fluxusのハプニング・パフォーマンスを見に行った。


ギター、ベースにパーカッション、映像とラジオそして時を刻むパフォーマー。

開演し音が鳴り始めると「?」と「!」と「⁉︎」で会場は独特な雰囲気になった。


見ている時は音の中に自分がポツンと存在している感覚だった。

それが自ら参加し音を生み出すことで音が自分の内にあるのか外にあるのか分からなくなった。


自分が音になったようで不思議な気分になった。

0 コメント

元気よく疲れる日々

3週連続で土曜日の1時から銅夢版画工房へ行った。

すると工房長の蒲地先生に「西谷さんは元気ですね」と言われた。


先週の金曜日に髪を切った時いつもの美容師さんから「西谷さんは毎回疲れ切って死にそうな顔をしてるから心配になります」と言われた。(ちなみに身体がバキバキの時たまにサービスで長めにマッサージしてくれる)


僕は制作時と酒を飲む時は元気だ。

それ以外の時に会う方々すみません(笑)


さて、昨日も5月にある第18回銅夢版画展用の作品制作。

この前先生に試刷りを見て頂いた時に「主役を目立たせる為に脇役を闇に沈めたほうが良い」と言われた。

言われた瞬間はせっかく描いたのにもったいないとも思ったが折角なので試してみることにした。

すると奥行きが生まれ画面がグッと強くなった。


昨年の個展でタブローとエッチングを並べた際にエッチングの作品が弱く見え過ぎたのでもう少し何とかならないかと思っていたから今回先生に気付かせて頂き有り難かった。


版画工房に通うようになってから銅版画家の視点を少しずつだが手に入れられるようになってきたことが嬉しい。

色々な視点を手に入れてその時その時に自分が良いなと思う作品をしっかり作り続けていきたい。


それと先生にこうも言われた。

「エッチングの作品で描き込みが足りないということはよく聞くが、描き込み過ぎという言葉は聞いたことがない。」


グループ展まで2ヶ月を切った。

2点目の作品はまだほとんど手を付けていない。

焦るわぁ。

やらねば!!

0 コメント

グループ展のお知らせと山椒魚の話

3月8日(木)からギャラリー枝香庵さんで「物語の中の主人公達4」という

グループ展が始まります。

 僕は井伏鱒二の「山椒魚」をテーマに作品を制作しました。

ひねくれ者でどうしようもない山椒魚なんだけど何かその気持ちが分かってしまう。

その気持ちが分かるということはどうしようもない自分を見ているようでもあり正直嫌な気分になる。

でも反面教師として1冊本棚に置いておくのは良いことのように思う。

(ちなみに僕は先日2冊目を購入した。先にいた教師がどこかに行ってしまったのだ。どこか暗いところに閉じこもっているのだろう。)

自分と向き合わず自分以外のもののせいにする山椒魚と自分と向き合う蛙の対比がいい。

最後の一文「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ」という蛙の台詞は山椒魚の心に届いたのだろうか。

ちなみに小説「山椒魚」は結末部分の大幅削除で議論になったそうだが、僕は断然あった方が良いと思う。

最後の一文が無かったら単なるじめじめとした暗い光のない薄っぺらな物語になってしまうからだ。

 

「物語の中の主人公達4」

2018年3月8日(木)〜3月17日(土)会期中無休

11時30分〜19時(日曜日、最終日は17時まで)

初日18時からアスラン書房の藤本郁子さんによるギャラリートーク「ファンタジーの中のリアリティ」があります。

是非お越し下さい。

 

https://echo-ann.jp/exhibition.html?id=330

語り部の語り部

雨にも負けず風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けなかったとしても

そこに放射性物質が混ざっていたらどうだろう。

負けないようにと踏ん張ろうとしたその大地が汚染されていたらどうだろう。


人は生きて行かねばならない。


自分だったらどうするだろうか?

・・想像が出来ない。


福島県田村市で有機農業を営んでいた大河原夫妻は原発事故後も野菜を作るという道を選んだ。

そして自分達の野菜だけでなく周りの農家の野菜も売ろうと食事が出来る野菜の直売所「えすぺり」を作った。

その為に借金も作った。

農業の傍ら夫婦で活動し続けていた人形劇団「劇団赤いトマト」の公演では原発事故をテーマにしたものを発表するようになった。原発事故を風化させない為に自ら語り部になろうという思いからだ。


昨日その公演を見に五反田の聖心侍女修道会に行って来た。人形劇と歌と講演の2時間半。


雨にも負けず風にも負けず

放射性物質にも負けまいとなんとか踏ん張っている夫婦の姿がそこにはあった。

原発事故から7年ぐらい経ちさすがに薄れてくる当時の記憶を人形劇を演じる事で歌う事で蘇らせていた。

大河原夫妻の力強い魂を感じた。


僕に出来ることは何だろうと考えた。

そしてこの語り部たちの語り部になろうと思いこうして語ってみた。



大河原夫妻が経営する「野菜とパンの店 えすぺり」には月に一度野菜や加工食品など田村市の特産品をお届けする「月壱くらぶ」というシステムもあります。

福島県外の方でもご利用出来ます。

是非一度ご覧下さい!

http://ichikaraya.web.fc2.com/item.html


「野菜とパンの店 えすぺり」Facebook

https://m.facebook.com/esperi.ichikaraya



続きを読む 0 コメント

よくある話

描きたいのに何を描きたいのか分からない。

食べたいのに何を食べたいのか分からない。

見たいのに何を見たいのか分からない。

本の読み方を忘れた。

鉛筆の使い方を忘れた。

仕事を忘れた。

眠り方を忘れた。

ポキン、カキン、ズキン、トントン。

ポキン、カキン、ズキン、トントン。

ポキン、カキン、トン?

頭からキノコが生えた。

眼から釘がこぼれ落ちた。

右耳からビュッと墨が吹きでた。

胴体がパンダになった。

腕がクラゲになり、
足は910×15×30mmにカットされ1本380円で売られた。


・・・もう少し書きたいところだが、
これ以上何を書きたいか分からないので、
この辺で失礼。

では。

ん?

あっ。

・・やっぱり忘れた。


















異次元カフェ

0 コメント

game is over


少年は部屋でゲームをしていた。

始め方と遊び方は知っていたが、
少年はゲームの止め方を知らなかった。

隣でゲームをしている母親にそれを尋ねようと思ったが、母親が夢中になってる姿を見ると自分ももっとやらねばと思った。

母親も始め方と遊び方は知っていたが、
ゲームの止め方を知らなかった。

隣でゲームをしている夫にそれを尋ねようと思ったが、夫が夢中になってる姿を見ると自分ももっとやらねばと思った。

夫も始め方と遊び方は知っていたが、
ゲームの止め方を知らなかった。

隣りでゲームをしている妻か息子にそれを尋ねようと思ったが、妻子が夢中になってる姿を見ると自分ももっとやらねばと思った。

数日経ち最初に父親が、続いて母親が、
最後に少年が倒れ、そのまま死んだ。

死ぬまで夢中になれることってなかなか無いものです。


おしまい。






0 コメント

見切り発車

あの男は見えているようで、
あまり見えていなかった。

あまり見えてはいなかったが、
見えていたことは事実だ。

見えているようで、あまり見えていなかったが、
見えていた。

どれぐらい見えていたかというと、
壁にあいた画鋲の穴ぐらい。
壁にあいた画鋲の穴が見えていたということは、
やはりあの男にはかなり見えていたのだ。

ここまで書いてはみたものの、
僕にはこの先がさっぱり見えなくなった。


おしまい






0 コメント

日没

ある朝のこと、

夜遅くまで遊んでいたニワトリが寝坊をして太陽に怒られました。


「いつまで寝ているんだニワトリさん。

コケコッコーときみが鳴かなきゃ、一日が始まらないよ。

もっとしっかりしたまえ。」


注意されたことに腹を立てたニワトリは、

太陽に向かって自分のウンコを投げつけました。


それからニワトリはプリプリ怒って散歩へ出かけました。


ところで、投げつけたウンコは、太陽までは届きませんでした。


民家の屋根でウトウトしていたネコの額に落ちました。


「にゃあー!誰だ僕の額にウンコを落とした奴は!」


ネコはあたりを見回したけれど誰もいませんでした。

怒ったネコは太陽の仕業だと勘違いし、太陽に向かって額のウンコを投げつけました。


そのウンコも、やはり太陽までは届きませんでした。


それは木の実を取ろうとしていたサルの上に落ちました。


「ウキッ!もう少しで木の実が取れたのに、僕にウンコを落とした奴はだれだ!」


サルはあたりを見回したけれど誰もいませんでした。

怒ったサルは太陽の仕業だと勘違いし、太陽に向かってそのウンコを投げつけました。


しかしそれも太陽までは届きませんでした。


そして、草原を走っていたチーターの上に落ちました。


「ガオッ!気持ちよく走っていた僕にウンコを落とした奴はだれだ!」


チーターはあたりを見回したけれど誰もいませんでした。

怒ったチーターは太陽の仕業だと勘違いし、

そのウンコをしっぽを使って「びゅん」と太陽に向かって投げつけました。


やっぱりそれも太陽までは届かず、水浴びをしていたゾウの上に落ちました。


「パオーーン!体をきれいに洗ったばかりの僕にウンコを落とした奴はだれだ!」


ゾウはあたりを見回したけれど誰もいませんでした。


怒ったゾウは太陽の仕業だと勘違いし、

長い鼻を使ってウンコを太陽めがけ「ぶんっ」と投げつけました。



投げたウンコはぐんぐん飛んでいきました。


でもやっぱり太陽までは届きませんでした。


そして、プリプリ怒って散歩をしていたニワトリの上に落ちました。


「コケーッ!白くてきれいな僕にウンコを落とした奴はだれだ!なんて嫌な奴だ!」


ニワトリはあたりを見回しましたが、誰もいませんでした。


そして太陽のウンコだと思いました。


それと同時に太陽も自分と同じように嫌な思いをしたのだと気がつきました。


ニワトリは素直に謝ることにしました。


「太陽さん、ごめんなさい。」


太陽がニコリと笑いました。



おしまい。



・・・ここで終われば「天に唾する」とか「因果応報」のお話となるのだろうが、時は21世紀。

なかなかそうはいかないのだ。


話は少し遡る。


プリプリ怒って散歩をしていたニワトリは、

自動販売機の下にドクロマークが描かれた小さな袋を見つけました。


突いて破ってみると白い粉が出てきました。

小腹が減っていたニワトリは迷わず食べてみました。


すると今まで味わったことのない気分の良さでテンションMAX。

一気に力が漲ってくる気がしました。



と、そこにウンコが落ちてきました。


「コケーッ!白くてきれいな僕にウンコを落とした奴はだれだ!なんて嫌な奴だ!」


ニワトリはあたりを見回しましたが、誰もいませんでした。


しかし力は漲っていたので、とりあえず走り出しました。


すると遠くにキリンを発見しました。


あいつならここまでウンコを飛ばせるに違いないと思ったニワトリは、

キリンめがけて突進しました。


そして自慢のくちばしで、キリンのふくらはぎをブスリとやりました。


あまりの痛さにキリンは激しく暴れ出しました。


すると、キリンの長い首は激しく暴れたせいでさらに長くなりました。


キリンの首はぐんぐん伸びて、水浴びをしていたゾウの土手っ腹に一撃を加えました。


しかしキリンの首はまだ伸びます。


そして、走っていたチーターの腰に一撃。


まだまだキリンの首は伸びます。


そしてサルが登っていた木をなぎ倒し、ネコがいた民家の屋根を破壊しました。


まだまだまだキリンの首は伸びます。


ずーっと、ずーっと、ずーっと伸びてキリンの首は太陽まで届きました。


そして太陽に頭を乗せたところでキリンは力尽きました。


するとキリンの重みで太陽はどんどん沈み始め、ついには夜に飲み込まれました。



月が顔を出した時、ニワトリは「コケコッコー!」と鳴きました。

 

 

 

 

0 コメント