風のいたずら

東京のド真ん中。

 

ビルとビルの谷間に、

背を向け合った、2基の長い長い石のベンチがある。

陽射しを遮るものが無く、風の住処でもあるせいか、利用者はそう多くはない。

 

正午過ぎ、男はいつものように本と飲み物を手にし、

その長い長いベンチの真ん中あたりに腰を下ろした。

 

ジリジリと降り注ぐ太陽の熱を、時折風が飲み込む。

 

背中や脇が一瞬ヒンヤリとして、

身体の中の水分が表に出たことを感じた。

 

男は開いていたページを下にし、自分の横に置き、

持ってきたペットボトルのフタをひねり始めた。

 

すると、横に置いた本の表紙が、バタバタ、バタバタっと

離陸の準備を開始した。

 

そして男の給水準備が整ったその瞬間、「カフカ」号は男の頭上まで上昇した。

 

両手がふさがっていた男は、

眼力で「カフカ」号の着陸を試みたが、無駄だった。

 

くるりと一回転した「カフカ」号は、

コウモリみたいに「バッ!」と飛び去った。

 

けっ、そんなに行きたいのなら、行ってしまえと男は思った。

 

しかし、ベンチに視線を落とすと考えが変わった。

皮を剥がされた鶏肉状態になったカフカの中身が、

とても貧相に思えたのだ。

 

男は「カフカ」号を追うことにした。

 

飛び慣れていない「カフカ」号は、

2メートルほど後ろに離れたもう一基のベンチの上で

上昇、下降を繰り返していた。

 

そして本を読んでいる女性の足もとへと着陸した。

女性は一瞬驚いた表情をしたが、

そばにやってきた男を見ると状況を察したらしく、

足もとへと手を伸ばした。

 

すると「カフカ」号は再び離陸し、バッと飛び去った。

 

男は引きつった笑顔で女性に軽く会釈し、

「カフカ」号の後を追った。

 

そして、しばらく不安定な飛行を続け、

長い長いベンチの端に激突し墜落した。

男はようやく「カフカ」号の回収に成功した。

 

ため息をつきながら、カフカの中身が待つ場所へと戻る途中、

女性2人の並んで歩く姿が、男の目に入った。

 

その刹那、

左側の女性のスカートが、ぼわっとめくれ上がった。

黒いパンツの尻が丸見えになった。

 

 

風に弄ばれた気がした男は「チッ!」と舌打ちをした。